お題小説企画『手帳』作品まとめ

 2月18日から2月25日まで、お題「手帳」で書いていただいた小説の評です。私の小説は今回は無し。体たらくで申し訳ないです。「手帳」って携帯のスケジュール管理アプリで十分用を果たせてしまうわけで、肌身離さず持つ携帯と手帳のどっちを亡くし易いかとか、記入の手間とかいちいち筆記具が必要なのとかを考えると、割ともう個人の好み以上の意味はない代物なのかもしれない、と思います。几帳面に予定をつけるようなきっちりした人が、わざわざ手帳を採用するのは不思議な感じです。

 

 以下、作品とその評です。ご投稿いただいた方々、ありがとうございました。本当に遅くなってしまってすみません。

 

【参加作品】

1.箱さん『君の手帳』(@_B0X

「みんな手帳に感謝しよう。そして素晴らしい手帳小説を読もう!」

http://privatter.net/p/2213339

 

2. ぐるぐるさん『彼の行間』(@hutariguruguru

「なにもかも、ぜんぶ、真っ白だったのだ」

http://privatter.net/p/2214345

 

3. けめこさん『ループ』(@kemeko19

「予定をなぞっていると、隣に彼がいるような気がするのだ」

http://www.twitlonger.com/show/n_1splmaj 

 

 ◇箱さん「君の手帳」
 せっかく盛り上げるような文章を書いてくれたのに私の体たらくが申し訳ないところです。ひとつこれ手帳というより自由帳とか罫線のないノートの類なんじゃないかというのは気になりました。最後が内輪ギャグ調ではあるんだけど、この手の文章、オシャレ風の文房具屋兼雑貨屋みたいなところにオシャレなフォントで書かれているような気がします。あれってギャグ前提でないならどういう気分で書くのか、というか自由帳を最初から最後まで埋めるのって相当難しくないかとか、自由に何でも書ける、という条件を与えられるとかえって自由に書きにくい節があるんじゃないかとか、色々と思わされるところではあります。

 

◇ぐるぐるさん『彼の行間』 
 情報が足りないというよりは適切に絞っていて、不気味な余韻を残すことに成功している。わかることは茂木が「私」に対して何か異様な執着があったというぐらいで、会ったその日が空白、というイメージは鮮烈でした。個人的にはどれだけ実績があろうが何か解消不可能な羨望を抱え続けていた、という線が好きかな。ロマンチックな解釈は個人的にはしたくない。
 最初から最後まですっきりとした文章なのだけれども、最後のところでちょっと説明臭くなるところは不思議な気持ちがしました。こういうところを説明するタイプの小説文化とは正直遠い位置にいるのですが(私であれば絶対削ります)さりとて書き手の力量からして不要なものをわざわざ付け加えたという感じもしない。そうなると住み慣れた土地の文化とかいったほうが適切な気がしなくもない。ただもしこれを単なる落ちの説明として読まないなら(……そしてこの人の力量であれば文化にかかわらずそういう興ざめなことは本来しない気がする)茂木から「私」に対しては言葉で書き切れないような、ほとんど傷に近いような感情(とその抑圧)があった、その鮮烈な痕跡を目にしたにもかかわらず、「空白は何も教えてくれない。空白は何も語らない」と勝手に謳い上げてしまう「私」という人間は、たぶん本人が思っているよりもずっと怖い人間なんじゃないか、というところです。

 そうなると興味は茂木より、茂木がこれほど嫌な痕跡を残している「私」のほうに向きはする。でも、なんとなく「私」はごく当たり前の凡庸な人間であって、茂木が一方的に羨望や執着に近いものを膨らましていたような気がしなくもない。それが怖い。小品だけれども、派手な装飾がないスッキリした小説なだけに、余計にぞっとするような印象を残す素敵な小説でした。最初に書いたような手帳の時代錯誤っぽいところは、この年齢なので何の問題も無し。面白かったです。

 

◇けめこさん『ループ』
 このヒロインは怖い! 手帳をなぞっている設定が無ければ単なるセンチメンタルな小説だったけれども、この設定はかなり怖いです。最初は中編小説に発展し得るその前段階、何かのスケッチかなあと思って読み始めたけれど、最初の「彼岸」と絡めて読むとかなり鮮烈な短編でした。ぶつ切りといえばそうだけどこれは設定一本勝負みたいな小説で、これでいいんでしょう。
 ただひとつ注文をつけるなら、この小説は設定の描写であって設定から始まる物語ではない。たとえばこの「ループ」が最初の設定にあるなら、物語はまずもって「ループ」からの脱出になるでしょう(あるいは脱出する、と見せかけて結局うまくいかない、とか)。そこまでを書いて欲しかったというのは無茶な要求です。ただこの文体は丹念な描写だけで小説を作り上げていくタイプでも無いような気がして、なんとなくこの先に物語が続きそうな気がしてならない。それは小説自体の欠陥というより、スピーディに物語を展開していく文体と、設定の「描写」だけで読ませようとする小説との相性が良くない。これに関しては企画のスケールの問題であって書く側の問題ではないです。
 最初の場面を読む限り、このヒロインは現実の要請よりも自分でこしらえた幻想(自作の幽霊とでも言えるかも)のほうを優先するわけだけれども、彼女が今までこの手のケースをどうやって乗り切ったのか、それから度々起きていたであろう「吐き気とは違う何か」にどう対処し、どう「ループ」を続けてきたのかは非常に気になるところです。もしこれを中編ぐらいの長さの小説にするなら、そこがひとつの見せ場になるんでしょう。面白かった。一気に書いたが故の設定の面白さかもしれないけれど、出来れば膨らましてそれなりの長さの小説にしてみても良いんじゃないかと思います。ループで遊園地と来たら、回転木馬とかジェットコースターとか、そういうあざとい繋げ方も沢山出来そう(というか小説内を読み返していて、あるかと思いきや案外それが無かったという、変な驚き方をしていました)。「年」は前に進み続けるけれど「日付」はループし続けるわけで、「手帳」が普通のノートと異なるのはこの「日付」にあることを鑑みれば、お題の消化としても素敵です。